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オリンピック選手団と一緒になりました。(ユーラシア大陸横断記)

2018年2月23日

 

旅の始まり。

ここは成田空港第一ターミナル。

羽田空港から、成田空港行きのバスに乗り継ぎやって来た。決して、空港を間違えたわけではない。

コロナ禍の今となっては考えられないほどの便が飛んでいた。インドネシアのガルーダ航空や、アエロメヒコといったなかなか馴染みのない航空会社が勢ぞろい。私の便は、13:10のモスクワ行きのアエロフロート。パリ行きと偽装を施して乗客数を底上げする、欺瞞工作が丸見えだった。

銀色の翼が美しいアエロフロートで空の旅を楽しむ。10時間の長丁場だ。

眼下には、氷の大地が見えた。

出発前に母から一本の電話があった。

母「あんたロシア行くとか言ってたけど今、ロシアで自転車漕いでないよね???」

目の前のテレビが

“世界で最も寒い村”に自転車で…日本人学生ら保護

と報じていた。うん、私だったら一歩間違えたらやりかねない。

私「大丈夫、まだ私は出発前だよ安心して。」

と言って電話を切った。絶対にロシアで自転車なんか乗ってたまるか。

ツアー客の日本人が機内で騒がしかったり、モスクワではゲートの変更が2回もあったりしたがなんやかんやで、ヘルシンキに到着した。モスクワ→ヘルシンキではオリンピック終わりのフィンランドの選手団と一緒になった。出国手続きを早々に済ませ、出国の待合いゲートを選手団と一緒に出るという遊びをして一人でニヤニヤしていた。想像以上の報道陣がいてびっくりはしたが。

2018年の冬は平昌オリンピック。日本人選手はほぼ記憶に残っていないがこの方々は記憶にある。

その後、極寒のヘルシンキでバスに乗り中心街を目指す。あらかじめ予約しておいたドミトリーへ向かった。知らない街の深夜の公共交通機関は緊張する。治安が悪くないだろうか。ここは大丈夫な場所なんだろうか。めっちゃ道滑る!等ぶつぶつ言いながら、ドミトリーに到着してこの日はシャワーを浴びてすぐに寝た。私のベットになぜかおじさんが寝ておりひと悶着あったが、それはまた別のお話。

 

日本→モスクワ→ヘルシンキ 完

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